音

ひとり綴り

令和8年春

久しぶりに書いています。

昨夜(今朝?)夢を見ました。

自分が大役を受ける夢でした。

PTAの会長とか、いえ、もっと大きな役だったような気がする。

起きてみたら、一体なぜそんな夢を見たのだろうと不思議でした。

うんうん、なるほど、テレビのニュースで高市さんを見たからだ。

はっきりした顔立、はっきりとした青色のスーツ、はっきりとした言葉、意思、そんな印象が心に残っていたのだと思います。

だからといってあんな夢を見るなんて、私ったらおかしい。

でもおもしろいから書き残そうと思いました。

またすぐに忘れるから。

夢の中でも、私は私なんだけど、それまでその役をしていた人が、できなくなって、後任を探すことになり、それで私に白羽の矢が立ったのでした。

知り合いの人もでてきて、その人も、困っているからあなたにお願いしたい、とおっしゃるのです。

そして知らないおじさんが、もうあなたに決めたからね、と言うのです。

そしてもうわたしの就任が決まってお披露目となるのです。

ああ、夢でよかった。

夢の中でも、こんなことになって、親は反対するだろうな、なんて心配までしていました。

あいかわらずのんきなものです。

 

お読みくださり

ありがとうございました。m(_ _)m

 

 

 

過去

少し、不安が軽減されるような出来事がありました。

そのせいなのではないかと思うのですが、何故かふいに以前遊んでいたゲームアプリのことを思い出しました。

ゲーム内のキャラクターのイメージが、頭に浮かんで、懐かしかったです。

また、あのアプリをインストールすれば、かんたんにあのキャラクターに会えるのだと思いますが、まあ、それをしないのがいいような、そんな気がしました。

それに続いてもう一つとても楽しかったゲームアプリも思い出して、こちらはインストールしてみました。やり方はだいたい覚えていて、できたのですが、けっこう時間をとられるな、というのが感想でした。何度かプレイして、アンインストールしました。

そういうと他にもネット上のサイトの中にお気に入りのパズルゲームがあって、一時期はまっていました。まだあるのかと、見てみると、ありました。一度プレイしてみましたが、それでおわりました。

もう、これらのものたちは、今のわたしには、必要無いものなんだな、と思いました。

むかしはあんなに大好きで熱中した事や大好きだった人のことを、もうそれほどどうとも思わなくなることって、あるんだなと感じました。

大げさですが少し成長したような気がしました。

 

お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

R.7年 2025.8.10(日)夏

久しぶりのブログです。

暑い夏です。

親せきの御葬式がありました。

お世話になった方とのお別れでした。

小さなお葬式で、おだやかなものでした。

粛々と静かにお見送りすることができました。

ご家族は全体のおせわで大変だったと思いますが、

参列させていただくことができて、ありがたかったです。

こういう時にしか、親せきで集まる機会が少なくて、

それについては残念な気もいたします。

多分多くの方がそのように思われるのではないでしょうか。

お別れした方とは、それほど深く関われたわけではないのですが、わたしにとっては印象深い方でした。

だからそのことをお話させていただいたりしましたが、

それはその方のほんの一部のことであって、私がそう感じただけのことなので、

言わない方がよかったかもしれないと、後で思いました。

 

普段人とせっすることが少ないので、たまに人と会うと、

言葉の選択を、よく誤ってしまいます。

子供ならまだしも、もういい歳なのに、

なかなかおとなになれません。

 

私にとってはこの経験も、ひとつの糧なのですが

わたしが糧を得るかわりに、誰かに嫌な思いをさせてしまっていい訳ではありません。

 

たまに、人とあった時ほど、嬉しくなって調子に乗って喋るのは、止めないといけません。

たまに人と会った時ほど、慎重に、慎重に。

 

みなさん大人だから、こちらが心地よくなるように、話しかけてくださるから、ついつい調子に乗ってしまうのです。

そういう、調子に乗らないように、緊張感をもたせてくれる、お方でした。

そういう方の存在は、ありがたい存在だったのです。

 

 

お読みくださり

ありがとうございますm(_ _)m

好奇心

夫のメンタルについて

夫はとても前向きな人です

お義母さんの子育て期の関わりがお上手だったのだと思っています

その中のあるエピソードです。 

夫には他にも兄弟がいるのですが、子どものころ、夫がよく自転車の後ろにお義母さんを乗せて、買い物に行っていたそうです。

おそらく小学生、子どもです。お義母さんは小柄だけど細身ではないし、夫はシャーペンの芯というあだ名がつくほど細い子たったそうてすが、お義母さんは自転車に乗れなかったそうで、歩いて行くのはたいへんということで、夫がお義母さんを乗せてあげていたそうです。

そのことを引き合いにして、夫は私に、子どもにおてつだいをさせないとだめだ、とよく言っていました。

そうは言われても、私は自転車にも自動車にも乗れるし、買い物は一人で行った方が楽だし、夫のその話は心に響かなかったのです。

今になってみると、

お義母さんは、夫にとてもいいミッションを与えていたのだな、と思います。

夫は好奇心旺盛なタイプで、体を動かすことが好きなタイプなので、

その体を動かしたい欲求を、お手伝いに取り入れておられたのだとおもいます。

それととても正義感の強い性格なので、困っている人を助けることや、必要とされることの満足感、自己肯定感というものが、そこでも培われたのではないかと思います。

子どもの頃に自信とか、自己肯定感がそなわっているから、

困難にぶつかった時も、挑戦してみよう、やってみよう、やってみたい、おもしろそう、わくわくする、、、

という心理になるのではないかと思います。 

今はそんなことを思いますが、

自分が子育て中の時は、そういうことも理解できず、

私は自転車に乗れるから買い物は一人で行くよ。と、

つまらない答えにしかなりませんでした。

とても残念。

いい教材があっても、読み取る力がなかったのですね、残念です。

 

 

お目汚し失礼しましたm(_ _)m

痛み

夫が、外科の手術を受けました

我慢強い人ですが手術の翌日はまだ痛そうでした

次の日からは痛み止めの薬がきいてくれたようで楽になったようでした

退院してからもまだ痛みは続き、リハビリも続きます

たいへんだなと思うのですが

本人は前向きな人なので愚痴は言いません

昨日もいいことを言っていました。

 

痛みがあってもずっと続くわけじゃない。

痛みや苦しみがなくなるまでの間だけ。

終わる時に向かって、さあどうしてやろうという気持ちで取り組むだけだ

と、 

そういうことを言っていました。 

 

なるほどいいことを言うなと思いました。

 

その痛みや苦しみが、終わらないものだとしたら、どうするの?

という疑問がわきましたが、

夫ならきっと

終わらないとわかったならば、

ではどう取り組むか、どうすれば少しでも軽減されるか、

いろいろ試してみるだけだ、

というのだろうなと考えました。

 

これまでずっとそういうソウルで生きてきたんだろうなと思います。

ゲーム感覚というか、困難に立ち向かうのが好き?というか、やりがいを感じるタイプなのだと思います。

なんて前向きな人なんだろう。

 

こういうメンタルを形成するのに、幼少期のご両親の関わりがあったのだろうか?そうなのだろうなと思います。

 

お義母さんは、子どものいいところをのばしてあげるのよ、と教えてくれました。

まさにそういう関わりをしてこられたんだろうなと思います。

 

お読みくださり

ありがとうございましたm(_ _)m

春

あっという間に過ぎて来週には4月になります。

今年ははじめての花粉症なのか 

目がかゆいです。 

もともと鼻炎はあるのになぜか花粉症は大丈夫だったのですが

ついにきたかもしれません。 

早くおさまってほしいです。

 

目のかゆみと鼻水のせいもあるのでしょうが

気分が晴れません。

ネットで元気を出すには?と検索すると、気持ちを書き出してみる、というのがあったので、

書いてみました。

 

花粉が気になるので洗濯物を外に干すのはやめようと思います。

では、どこに干せばいいんだろう?と今さら考えます。

室内にかけて、扇風機の風を当てる作戦にしようと思います。

 

本を借りたので早く読んで返したいです。

 

夕飯はカレーライスにしようと思います。これなら簡単なので助かります。

昨日テレビでほうれん草の料理をしていたのでほうれん草のおかずもしようと思います。

 

先日読んだ本がとても印象深かったです。

その主人公は、生きづらさを抱えているようですが、自分に合う仕事を見つけて、その仕事がとても好きになったようでした。

その人の気持ちや考え方などに、共感できるところがありましたが、

その人とちがってわたしはこれが好き、と思える仕事をみつけることはできていません。

その仕事はコンビニで働くことてす。一般的には学生など誰でもできる仕事のようですが、私には無理そうです。

することがたくさんありそうだし、今だと支払い方法も色々あって、たいへんそうてす。

客として行った時でもレジでもたもたしてしまうのに、お店側なんてとてもできそうにありません。

この小説の主人公は仕事をこなせているので私からするととても立派だと思いましたし、充分だと思いました。

それなのに主人公の家族や友だち?は、それを良しとしません。

結婚しないとだめとか正社員就職しないとだめとか言ってきます。

それで主人公は揺れてしまってよくない方向へ向かいかけます。

でも自分でもとのところへ戻ろうとするところで話は終わりました。

この人がそのまま好きな仕事をし続けられたらいいなと思いました。

 

私ももし結婚していなかったら、今頃どうしていたかな?と考えさせられました。

コンビニは無理として、どこか自分でもできそうなアルバイトかパートかなにかで働いて、どうにか過ごせる収入で暮らしているのかなと思います。

 

それで生き生き幸せを感じて生きられるかどうかはわかりません。

私のことだから、他人と自分を比べて、自分は劣っていると思ってしまって、うじうじもやもやしてしまうんだろうなと思います。

 

行きづらさを抱えてこの社会で生きるのはたいへんなことだなと思います。

 

若い頃、何のために生きているんだろうねーなんて友だちと話したことがありましたが、

大人になっても同じなのかもしれません。

 

何に楽しみを見出すのか、というところ。

これについては、どなたかが言っておられましたが、

花鳥風月を愛でることがいいそうです。

人と繋がるとか、友達を作るとか、そういうことにしか楽しみや幸せを見いだせないとすると、では、

人付き合いがうまくいかなければ幸せになれないのですか?それはこまりますよね。

その点自然のものはまわりにある。そういうものに目を向けてみるのがいいでしょう。

というようなお話でした。

 

幸いわたしの住まいの周辺には気持ちのいい自然があり

そこを歩くだけで癒されることがあります。

それについては恵まれていると思います。

 

若い時は自然が豊かでもそうでなくてもとちらでもよかったのですが

年齢のせいなのか何なのか、風や雲や月や星や、草や花や蕾や木の実や、そういうものが好きになってきました。

 

生まれ育った場所がそうだからなのかもしれませんね。

 

お読みくださり 

ありがとうございましたm(_ _)m

新年

明けましておめでとうございます🎍

今年も、こちらで言いたいことを書かせていただきます

よろしくおねがいします

 

大晦日はあわただしく、1年かけてもできないことが、急にできるわけもなく、普通の1日を過ごすことの繰り返しで、終わっていきました

大晦日に子どもが帰省するというのはいかにもお正月がくるという感じがしておつなものだと思いました

帰省の直前直後に、ドサドサっと片付けて、案外それでも何とかなりました

土壇場になって力を発揮できるというのも、それはそれで能力なんだとある人から教えてもらいました

そう言ってもらえると、前向きにとらえられるし、自分をせめずにすみます

子どもの顔を見るとうれしくなる、ということは、幸せなことです。

 

今年もがんばっていきたいと思います✊

 

お読みくださり

ありがとうございますm(_ _)m